Established 2017.​

By

Kyonosuke Noso.

August 9, 2018

April 9, 2018

Please reload

最新記事

【1】古我知 拓也 (Takuya_Kogachi)

October 8, 2017

1/1
Please reload

特集記事

海別岳①

October 26, 2017

 

 

 

8/4

 

 

7/20、北日高に行こうとしたが芽室岳登山口に続く林道の閉鎖で断念。

それから2週間ほど経った8/4の今日気持ちの整理が付かずここまで伸びてしまった。

釧路特有の天候である「じり」が、昨夜から今朝早くまで続いていたようだ。晴れてはいるが、まだ道路は湿っていた。

 

電車に乗り込む前、セブンイレブンに寄っていろはすの梨味を購入、家から持ってきた「たまごパン」というお菓子とともに朝ご飯とする。当分食べられないであろう、お金で買ったお菓子である。添加物の味をかみしめながら、電車はスタートした。

セブンイレブンではライターも購入してしまった。食料は米と塩、燃料と電気製品は持ち込まずに山旅をするというのに、ライターは燃料に引っかからないのだろうか。透明なプラスチックの中に、燃料になるアルコールが入っているのが見えた。100均で購入したゲル状の着火剤も持ち込んでいる。これは…、燃料である。

 

発火の際に必要となる燃料は持つが、それ以外(火を保つ燃料)は持たないという妥協は許されるのだろうか。この山旅を教えてくれた服部文祥は(甚だ一方的ではあるが)、移動を伴う登山では、時間と労力が掛かりすぎて無理があるから、着火剤もライターも持っていくという結論を持ち合わせているようだ。(2014年12月発行『サバイバル登山入門』より)

僕は、着火剤を持っていくのであればその着火剤は自然でとったもので代用するべきだと思っている。松ぼっくりや松ヤニのかたまりがそれに当たる。

しかし、不安も残る。万が一の時にすぐ火がおこせる準備をしておきたい。

 

電車の中では、川湯温泉で降りるという方と相席。他愛もない話。

たまごパンを食べ終え、いろはすも飲み干した。改めて失敗した海別斜里に挑戦するのだ。ワクワクと不安が混ざる、複雑な気持ちだ。人間社会の中にいれば、他の動物のことを気にしておびえる夜もなく、食べ物が豊富に存在し、安心を買えるお金がある。

そんな生活ができる家でゆっくりしたいという心もどこかにある。そうして生活するということがどれだけ安心か、痛感できる。

 

しかしながら、そんな生活の中で自分の「生き方」を表現することはできない。

本当の生き方を表現するには、できる限り自分の力で何かをするということが必要である。

必然的にその環境は、山の中となる。だから深く山に入り込み、人とは、社会とは離れた環境下に自らを置く。

 

電車のなかでは、糠真布川か林道かどちらを通って海別岳に行こうか迷った。

海別岳には登山道がないので、基本的には沢登りとなる。しかしよく通られるルートがある。それが旧鉱山道路と呼ばれる林道だ。今はもう鉱山としての機能はないので、笹が生い茂り、道が続いている様子がかろうじて分かる程度に残っている。そこを通り、糠真布川の源頭付近、五ノ沢に入渓。そこから少し沢登りをした後、ヤブを漕いで海別岳へ登るということだ。

 

今回の自分の計画は、最初の入渓地点の糠真布川から途中で林道(鉱山道路)に逃げるのではなく、登り切ってしまうというものだった。そこでオリジナルを出そうという気概だ。

服部文祥から教わった登山ではあるものの、そこに自分なりの方法を見いだそうと思っている。持ち物、ルートの取り方など全てで計画し、実行して身体で形を作り、表現するという芸術家であるつもり。服部文祥の受け売りではなく、自分自身の登山、表現。

それを実現するため、今回の登山を計画しているし、持ち物についてもいろいろと考えてみているつもり。

 

だからこそ糠真布川を登り切るべきなのだ。

しかし、ここまで来て人間のつくった道路を歩きたがる自分がいる。

急ぐ必要は無い。ゆっくり着実に進む。11:48着のバスに乗り、そのまま峰浜へ。

二度目の峰浜バス停だ。なつかしい。

 

そこから3~4km歩き、北2号線橋から糠真布川へ入渓。のどが乾いていたので、まずは水を飲んだ。渓のキレイなところを見ていると、釣りがどうしてもしたくなった。まだ橋が後ろに見える地点で釣りの準備をし、釣りをしながら沢登りをすることにした。川沿いでは土砂整理なのか何なのか知らないが、工事が行なわれているようだ。

 

釣りをしているところを見られている。悪いことをしているわけではないのだが、人に会わないように山にこもり始めるというのに、人に見られているのは嫌だった。早めに奥に入ってしまう。1日目だし昼に入渓したということもあり、今日はゆっくり釣りを楽しみ、十五線川分岐のところまで行けばいいと思っている。

 

釣りで最初に掛かったのはヤマメだった。黒ベースの毛バリ。オショロコマも釣れた。探り探りの状態であるが、よく釣れる。北海道の川、特に道東では、海岸付近では陸海型のアメマスが幅をきかせている。下流、中流にもアメマスは存在する。ヤマメ、イワナは中流、上流に存在する。

 

しかし、オショロコマは最上流域にしか存在しない。逆に言えば、そこまで追い詰められた結果なのかも知れない。陸封型となってしまった今、生息域を拡大できない一途をたどっているのか。昔は北海道にも陸海型のオショロコマが生息していたようである。

そんなオショロコマは「ドリーバーデン」と呼ばれるらしい。

 

そんな最上流部にしか生息しないオショロコマが、海岸線から1~2km上流の川で釣れてしまうのだから、やはり知床はオショロコマの楽園のようだ。

時々大物が目の前の川底をすり抜けていく。尺を超えそうな大物なのだが、釣りをする前に気づかれてしまう。いそうなところを見分けられずに大きな音を出したり近づいたりして魚を警戒させるという失態が続く。小さければそれでも釣れるが大物のためには考えなくてはならないようだ。

 

途中でオショロコマの刺身を食べてみた。

とても美味しかった。イワナのようにネトネトしている身ではなく、こりっとした食感。うまみも十分に感じられ、醤油がなくてもイケた。というより、バックパックから醤油を出す手間を掛ける必要が無く食べられたという単純な意味であるが…。

 

途中で石の間に隠れていたアオダイショウを見つけた。すかさずしっぽをつかみ、頭を石で押さえた。これでひとまずは噛まれることはないだろう。ポケットからナイフを取り出し、頭をちょん切ってしまう。頭がない胴体部分だけでもまだ盛んに動き、目を離しているとどこにいるか分からなくなりそうだった。小さな個体だったが、ヘビが食べられるのかと思うとテンションが上がる。

 

そして出合に到着。出合から少し登ったところに野営地を設営。薪を集めてしまい、ご飯を炊きながらツェルトなどの準備をした。魚とヘビも捌いてしまう。順調にご飯の準備が進んだ。ヤマメとオショロコマ、アオダイショウの素焼きとご飯。

 

ヤマメやオショロコマ、イワナの焼き魚は、美味しいのだけれどたくさん食べられるほどではない。やはり一番美味しい調理法は刺身だ。醤油漬けなどなお良い。しかしなかなか鮮度を保つのが難しいし、釣ったまま持っていて夕方に捌くこともあるので、そのようなときには火にかけて保険をかけるというだけのことだ。

 

ヘビは美味しかった。捌き方からよく分からず、探り探りで皮を引いてみた。するとキレイに尻尾まで皮を素手で引くことができ、内臓も一つの袋に包まれているようで、飛び出ることもなく身体から離すことができた。血合いのようなものがあったので、渓流魚と同じようにこすりとる。木の枝にくるくると巻いて熾火でじっくりと火を通す。

 

何もつけずに食べたのだが、マジで美味かった。今まで見つけては怖がってきたヘビだったが、しっかり捕まえて食卓に使うべきだった。噛むとうまみが広がる。

骨がうるさいと小耳に挟んでいたのだが、小さい個体だったのかほとんど感じられなかった。ご飯を食べ終え、寝床に着いた。

 

今日はサワーシューズを初めて使った沢登りだったが、サワーシューズを履いていることにより、沢登りの楽さ、快適さが格段に上がったように感じられた。川を登るために近くのヤブを漕ぎ漕ぎしていたトレッキングシューズ時代とはワケが違った。

 

夜には何度も起きる。下の石が痛くてよく寝られないのと、ひざの痛みが引かないからだ。

そして何よりも怖い。夜にノートを書いていた。夜の時に感じた気持ちを忘れないように、真っ暗の中書いた。

 

“夜に書いています。

くらくてうまくかけない。

でも、いまの気持ちを忘れないように記すことにする。

正直に言ってとても怖い。高い笛のような音が遠くから聞こえてくるし、車(大型)が道路を通るような音が聞こえてくる。死ぬ覚悟ができていると自分の中では思っていたけれど、そんなことない。生きたい。でも安心できない、それが一番怖い。安心できる瞬間が一度も無い。社会には安心がある。ここには、あんしんの「あ」の字もない。

帰りたい。見えないというのも怖い。

何があるか分からない。一日目おやすみ“

 

 

②もお楽しみに。